まきたすブログ

こんにちは、まきたすです。ここはイラストやゲーム、その他身の回りの事象について言及していく雑記ブログです。

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【ブラック企業体験談】頭の中が砂嵐状態になって職場へ辿り着けなかった話

今回は私が社会人2年目の冬に体験した、ブラックな労働環境での話をまとめました。

 

 

私が初めて派遣として客先に常駐した時のことです。

 

まずそのプロジェクトへは先輩社員と2人で入れられたのですが、そこで扱う技術については2人とも経験がありませんでした。

こちらの会社としては、「未経験でも業務を通して学んでいけばなんとかなる」と思ったのでしょう。2人とも経験があるという体でプロジェクトへ携わることになっていたのです。

その結果、最初の1ヶ月目に派遣先からはボロカスの評価を受けました。

 

また、そのプロジェクトリーダーは派遣先の正社員なのですが、プロジェクトを成功に導こうとするやる気が全く感じられませんでした。

そのプロジェクトは無理な予算で始められたようで、誰が見ても炎上必至だったみたいです。

おそらく、リーダー自身も「面倒なものに関わってしまった」というネガティブな意識があったのだと思います。

 

みるみるうちにプロジェクトは業火に包まれ、私の残業時間は、

1ヶ月目:80時間

2ヶ月目:100時間

3ヶ月目:130時間

となりました。

この時の生活は9時出社、22〜24時退勤が当たり前でした。

3ヶ月目に至っては月の休みが2日しかなかったのです。

また、食事事情については、できるだけ寝ていたかったので朝食は抜き、昼食もストレスからおにぎり一個程度しか喉を通らず、夕食は日付が変わった頃にコンビニ弁当で済ませる、という不健康極まりない食生活を送っていました。

 

日に日に先輩は機嫌が悪くなります。

私は毎度ビクビクしながら報連相をしていました。

ある時、ゴミを見るような目で舌打ちされ、心にヒビが入ったのを覚えています。

 

前述にもある通り経験のない技術だったのでろくに成果も上がらず、他人からの評価はもちろんのこと、自己評価も最低なものとなっていました。

心身ともに追い詰められていたせいか、「アホな見積もりをした派遣先が悪い」だとか「未経験者を突っ込んだ自分の会社が悪い」といった外的要因を恨む気持ちはほとんどありませんでした。

 

それでも私を突き動かしていたのは、この派遣契約は3ヶ月で終了と聞いていたからです。

「なんとか3ヶ月を耐え抜けば、また日常に戻れる。」

そう思って私は日々働き続けました。

 

ところが現実は残酷なもので、3ヶ月目の半ばに自社の上司から契約延長の知らせを聞かされました。

しかも延長期限は未定。

どうやら派遣先から、プロジェクトが鎮火するまで延長したいとの要請があったようなのです。

 

不思議とショックはあまり感じませんでした。

おそらく、「これ以上過剰なストレスを感じるとヤバイ」と自己防衛が働いたのだと思います。

 

それから3ヶ月目の終わりまでただ働くためだけに心臓を動かし、4ヶ月目の初日を迎えました。

いつも通り勤務先に出勤中、

「本来だったら今日はもうこの道を歩いているハズではなかった」

「あとどれだけ続くんだろう」

「なんのために生きているんだろう」

という思いが頭の中を支配し始めました。

それでも歩き続けました。

 

しかし、職場のエレベーターにたどり着く頃には、もはやそういった思いすらなく、ただただ

 

ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

と、テレビの砂嵐のような映像が頭の中で流れるだけでした。

あとはエレベーターのボタンを押せばまた苦痛なだけの1日が始まる。

たったそれだけ。

 

たったそれだけのことができず、しばらくの間、エレベーターの前で呆然と立ち尽くしてしまいました。

 

 

もうやーめた

 

全部捨てよう

 

そう思い、職場のあるビルの外に出て、上長にもうそのプロジェクトを続けられない旨を電話で伝えました。

幸い上長は状況を理解してくれて、派遣先にも話をつけてくれました。

 

それから数日間休みを貰ったのち、自分の会社に退職したい旨を伝えました。

そのときは強い引き止めを受け、結果としては炎上プロジェクトを抜ける代わりに、自分の会社には残ることになったのです。

 

「今度死にそうな思いをした時は絶対に辞める」

という決意を強く抱いて、自社で業務をリスタートしました。

 

その後

5年目に再び残業130時間越えのプロジェクトを経験し、私は会社を退職しました。

 

その時のプロジェクトは、以前のものと比べて精神的負荷が少なかったです。

しかし、「30代40代と歳を取ってもこんなに働かされていては、体力がもたないし、私生活への影響が計り知れない」という思いから辞める決断をしました。